ランナーズ・ハイ!inシドニー

オーストラリアのシドニーで暮らしています。楽しみながら継続できるマラソン・トレーニング、食事、ライフスタイルを日々模索中です。

Category: ストーリー

Run Like Crazy
Tristan Miller
e-penguin
2012-05-23



休暇前に何気なく買った本ですが
2010年に、1年間で52のフルマラソンを走った作者の冒険の記録です。

オーストラリアのフツーの男性だった作者が
離婚をきっかけに欝になり、仕事にも打ち込めなくなってしまい
そこから走ることで挫折から立ち直り自信を取り戻し
そのあとまたGFCで失業しそこから世界中を旅して1年間で52のマラソンを走る、という途方もない計画を立てるのです。
この本は、その52のマラソンの、一連の記録です。

スイス、エジプト、モロッコ、ヴェローナ、東京、ナパ、中国の万里の長城、南極、モンゴル…
時には怪しい運転手やガイドにぼったくられ、時にはマラソンの真っただ中にストリートチルドレンにお金をせびられ。
時には極寒の中、時には猛暑の中を走り
言葉や文化の壁、時差や不慣れな食生活、怪我や病気とも背中合わせ。
人間の身体の限界って、こんなにも押し広げられるものなのかと
ただただ驚愕です。




最初に離婚のショックでお酒に走り、仕事も手につかなくなった作者を、
批判する代わりに、ランニングに誘った同僚の男性の寛大さが、何よりじんと滲みました。

あの時、彼を信じて、救ってくれてありがとう。
私、会ったこともない他人ですけども。

ランニングが人を暗闇から救えるということを
ランナーはみんな知っている。

そして自分を信じてくれる人がいるということが
どれだけの力になるのかも。


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世界最高齢の92歳でフルマラソンを走ったアメリカ人の女性、ハリエット・トンプソンさんをご存知ですか?
今月16日に94歳でお亡くなりになりまいた。

白血病とリンパ腫を患ったのち、
76歳でマラソンを走り始め、2015年に92歳で世界最高齢でマラソンを走った女性となり、
さらにハーフマラソンの世界最高齢の記録も更新しました。

彼女は癌とも闘病したサバイバーでもあるのです。
私が初めてフルマラソンにチャレンジした年、練習が辛くて諦めそうになった時
ハリエットさんの記事を読んで、すごく勇気づけられて
これはもうグズグズしてる場合じゃない、と思いました。



harriettethompsongetty

今37歳の私、いくつまで走っていられるのかな?
おばあちゃんになっても走ってられるのかな?

ハリエットさん、インスピレーションをありがとう。
私も死ぬまで走っていられたら幸せです。
R.I.P、安らかにお眠りください、(Rest In Peace)じゃなくて
R.I.H、天国でたくさん走ってください(Run in the Heaven)。

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ちょうど去年の今頃
兄の結婚式のために日本へ帰国したときに出ていた池井戸潤の最新作、陸王。

陸王
池井戸 潤
集英社
2016-07-08


ランニングシューズの話、という帯を見て、文庫本を待たずに買ってしまいました。
今月やっとドラマ化されるようですね。

経営に苦しむ老舗の足袋業者が、生き残りをかけランニングシューズの生産に挑む、というお話です。

小説の中にも出てくるのですが、実際1912年、明治45年にマラソン足袋と呼ばれた足袋を履いて
ストックホルムでオリンピックに出場した選手がいたそうなのですよ。
残念ながら五輪本番では調整不足と日射病のせいで「レース中に失踪」した扱いになってしまったそうなのですが
その後改良を重ね、東京から下関までの1200kmを「マラソン足袋」で走破したそうです。

主人公が最初にヒントを得たのはファイブフィンガーズの靴。ワラーチも出てきました。

走り方のフォームの話や、故障から立ち直ろうとするランナーの葛藤、レースの時のリアルな描写。
ランナーには特に楽しめる内容となっていると思います。










マラソンを走ることは人生と似ている。

痛くて辛くて苦しくて、途中で止めたくなるけど
ひたすら自分との対話をしながら黙々と進んでいく。

気が付けばいくつもの布石を走り抜けていて、心は強く、体は軽くなっていく。
そしていつのまにかもう次の目標を見据えている。
孤独と思えても、案外周りには一緒に走ってくれる仲間や
応援してくれる家族がいることも、また似ている。
それがまた実感できるストーリーでもありました。

走っているのは、選手だけじゃない。


ランナーじゃない人にも、ぜひ読んでほしい作品です。
ドラマも楽しみ。


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昨日のアンザックデーチャレンジでは、退役兵士とその家族へのサポートのためのチャリティも同時にささやかですが行われていました。

アンザック・デーは、オーストラリアとニュージーランド軍団と、日本軍がトルコで戦い
多くの兵士が戦死した日を追悼する日なので
日本でいえば、国民の感覚としては広島や長崎に原爆が落とされた日に似ているかもしれません。感覚としては、ですけど。
この日は日本人を見て、未だに嫌な感情を持つ人もやっぱりいるのでしょう。

「昔は確かにそういう人はいたかもしれないけど、今は国籍など関係なく、戦没者に敬意を表する日で、日本人もオーストラリア人も関係ない。今の時代を生きる日本人に対して何かを思う人はいない」
と夫は言ってくれますし、理想としては私もそうだったらいいなとは思いますが
現実としては、皆がみんなそんな風には思えないのも、仕方ないとも頭では分かっています。

本当のアンザック・デーは明日火曜日。
各市役所などで夜明けに集まって追悼イベントがありますが
私は家でひっそりと戦没者を追悼することにします。





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「今私が止めたら、やっぱり女には無理だと思われる」

1967年、今から50年前のボストンマラソン。女性として初めて公式にこの大会を走ったキャサリン・スウィッツァーという女性をご存知ですか?

老若男女が楽しめるスポーツであるマラソン。
そういう認識が当たり前になっている今では想像しづらいことですが、
50年前は女性のマラソン参加は認められていなかったそうです。
その当時で70年間、男性のみの大会であったボストンマラソン。

女性の参加は禁止、とルールブックに書いてあったのか、
当時は女性が参加するという前提すらなかった、という印象を受けますが
実際のところは元記事からは、どうもよくわかりません。

キャサリンは”K V Switzer”という、名前からは性別が判らない名前で登録したため(そこに他意があったわけではなく、いつでも名前を書くときはそうしていたからというだけ)
大会主催者は、当日まで女性が登録したことに気づかれなかったそうです。

で、当日、スタート後女性が参加していると気が付いた主催者が
怒り心頭で無理やり彼女を引きずり出そうとしている動画がコチラ。



トレーナーと恋人たちと一緒に走っていた彼女の腕をつかみ、登録番号を取り上げようとした主催者。

恋人に守られて主催者を振り切ったものの、とても怖い思いをして、
「私はなんて間違ったことをしてしまったんだろう」と一瞬思ったそうですが
すぐに「いや、そんなことない。私は間違ってない。それに今私が止めたら、やっぱり女には無理だと思われる」


そう思って、続行を決意。
元記事にはキャサリンが、飛びかかってきた主催者に怒りが沸いてきて
そこからしばらく「彼を殺すありとあらゆる方法を頭の中で考えた」 そうです。
走ってる時間長いから、こういうこと考える時間は確かにたくさんあるよね・・・と妙に共感。

35kmを過ぎたころ、その怒りは徐々に消え、今度は世の中の女性に対して怒りがわいてきたそうです。

なぜ、誰も戦わないんだろう。

このレースを4時間20分で完走したキャサリン。夕方になって、地元新聞にその日の出来事がキャサリンの写真付きで載っていることを知る。自分の人生を、そして女性スポーツを変えた出来事だったと気づくのです。 

「もし私にもできるなら、もっともっと才能のある女性たちなら、もっともっとできるはず。」

ボストンマラソンが女性の参加を公式に認めたのは5年後の1972年のこと。
キャサリンはそれ以前にも大会に参加し続けたそうですが。

最初のボストンマラソン参加からの8年後、キャサリンは女子マラソンがオリンピックの種目とするため、化粧品メーカーAvonのスポンサーの下、女性スポーツ財団の責任者として、全世界で大会を主催するようになります。

オリンピックで女子マラソンが正式種目となったのは、1984年のロサンゼルスから。
意外と最近のことでビックリです。

有森裕子選手が銀メダルを獲ったのは、そのたった2回後の1992年のバルセロナ。
高橋尚子選手が金メダルを獲ったのは、その2回後の2000年のシドニー。

こうしてみると、4年に一度しかないオリンピックだからなおさら、
あれはまだ、歴史が変わって、本当に間もない頃だったんだと思うと感慨深い。

それに公式に種目ができたところで全世界がすぐにそれに寛容になったとも思えないから
この背景には、出たくても出れなかった女性ランナーも、きっとたくさんいたのだろうな。

 現在キャサリンは70歳。最初に走ったボストンマラソンから50年後の今年、再びボストンマラソンを走るそうです。

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