「今私が止めたら、やっぱり女には無理だと思われる」

1967年、今から50年前のボストンマラソン。女性として初めて公式にこの大会を走ったキャサリン・スウィッツァーという女性をご存知ですか?

老若男女が楽しめるスポーツであるマラソン。
そういう認識が当たり前になっている今では想像しづらいことですが、
50年前は女性のマラソン参加は認められていなかったそうです。
その当時で70年間、男性のみの大会であったボストンマラソン。

女性の参加は禁止、とルールブックに書いてあったのか、
当時は女性が参加するという前提すらなかった、という印象を受けますが
実際のところは元記事からは、どうもよくわかりません。

キャサリンは”K V Switzer”という、名前からは性別が判らない名前で登録したため(そこに他意があったわけではなく、いつでも名前を書くときはそうしていたからというだけ)
大会主催者は、当日まで女性が登録したことに気づかれなかったそうです。

で、当日、スタート後女性が参加していると気が付いた主催者が
怒り心頭で無理やり彼女を引きずり出そうとしている動画がコチラ。



トレーナーと恋人たちと一緒に走っていた彼女の腕をつかみ、登録番号を取り上げようとした主催者。

恋人に守られて主催者を振り切ったものの、とても怖い思いをして、
「私はなんて間違ったことをしてしまったんだろう」と一瞬思ったそうですが
すぐに「いや、そんなことない。私は間違ってない。それに今私が止めたら、やっぱり女には無理だと思われる」


そう思って、続行を決意。
元記事にはキャサリンが、飛びかかってきた主催者に怒りが沸いてきて
そこからしばらく「彼を殺すありとあらゆる方法を頭の中で考えた」 そうです。
走ってる時間長いから、こういうこと考える時間は確かにたくさんあるよね・・・と妙に共感。

35kmを過ぎたころ、その怒りは徐々に消え、今度は世の中の女性に対して怒りがわいてきたそうです。

なぜ、誰も戦わないんだろう。

このレースを4時間20分で完走したキャサリン。夕方になって、地元新聞にその日の出来事がキャサリンの写真付きで載っていることを知る。自分の人生を、そして女性スポーツを変えた出来事だったと気づくのです。 

「もし私にもできるなら、もっともっと才能のある女性たちなら、もっともっとできるはず。」

ボストンマラソンが女性の参加を公式に認めたのは5年後の1972年のこと。
キャサリンはそれ以前にも大会に参加し続けたそうですが。

最初のボストンマラソン参加からの8年後、キャサリンは女子マラソンがオリンピックの種目とするため、化粧品メーカーAvonのスポンサーの下、女性スポーツ財団の責任者として、全世界で大会を主催するようになります。

オリンピックで女子マラソンが正式種目となったのは、1984年のロサンゼルスから。
意外と最近のことでビックリです。

有森裕子選手が銀メダルを獲ったのは、そのたった2回後の1992年のバルセロナ。
高橋尚子選手が金メダルを獲ったのは、その2回後の2000年のシドニー。

こうしてみると、4年に一度しかないオリンピックだからなおさら、
あれはまだ、歴史が変わって、本当に間もない頃だったんだと思うと感慨深い。

それに公式に種目ができたところで全世界がすぐにそれに寛容になったとも思えないから
この背景には、出たくても出れなかった女性ランナーも、きっとたくさんいたのだろうな。

 現在キャサリンは70歳。最初に走ったボストンマラソンから50年後の今年、再びボストンマラソンを走るそうです。

今日も読んでくださって、ありがとうございます。


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